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築古建築とコミュニティがこれからますます面白くなる【1】

 

都心部大型再開発は大きな曲がり角に

2000年代に都市再生のシンボル的存在として開発された六本木ヒルズや東京ミッドタウン(六本木)も開業15年から20年近くが経ちます。その間、世界的な金融危機や東日本大震災、そして目下のCOVID-19と様々な危機も経験しながら、都市再生プロジェクトは規模と建築クオリティの両面で進化を止めずバージョンアップを続けているように見えます。森ビルが建設を進める麻布台・虎ノ門プロジェクトは『ヒルズの未来形』。総延床面積85万㎡と規模面でも六本木ヒルズを凌駕するとともに、ニューヨークの都心のトレンド(http://www.omrjapan.com/blog/2019/7/28/newyork)を追うかのように高さ325mとなるA街区メインタワーの上層部はオフィスではなく超ラグジュアリーなレジデンスとなります。世界有数のスモールラグジュアリーリゾートとホテルを擁する「アマン」(Aman)とのパートナーシップにより、ブランデッドレジデンス「アマンレジデンス 東京」と、アマンの姉妹ブランドとなる日本初進出のラグジュアリーホテル「ジャヌ東京」を開業するとのこと。販売専有単価は坪2,000万円は超えていると思われ(郊外や地方なら戸建てが買える価格!)、東京都心でも超富裕層のためのエクスクルーシブな空間が開発事業者にとっての最適利用となる時代がすでに到来していると言えます。同じく森ビルの虎ノ門ヒルズレジデンスタワーは早くも賃貸に出されているようですが、賃料単価は3万円代後半とのことでこれならオフィスを開発するよりデベロッパーにとっても利益が高くなるのは頷けます。

進化する都心の大規模再開発(虎ノ門・麻布台プロジェクト)

出所:超高層ビル・超高層マンション
https://bluestyle.livedoor.biz/

三井不動産も『ミッドタウン』シリーズを展開中で、巨大な日比谷・内幸町再開発の初弾として登場した東京ミッドタウン日比谷の他にもブルガリホテルを誘致した八重洲が建設中、おそらくヒルトン系の最高級ホテルブランド、ウォルドルフ・アストリアの誘致に成功した日本橋一丁目中地区もミッドタウンシリーズになるのでは、と筆者は予想しています。

進化する都心の大規模再開発(内幸町再開発プロジェクト)

出所:内閣府国家戦略特区
https://www.chisou.go.jp/tiiki/kokusentoc/tokyoken/tokyotoshisaisei/dai19/siryou1.pdf

都心の複合不動産開発はオフィス需要も働き方改革の中で構造的な変化に直面、商業店舗も完全にオーバーストア状態と思いますが、このようなラグジュアリー路線を極めることで差別化を図り何とかテナントリーシング面も乗り切ろうということだと思います。とにかく、建築デザインや企画プログラム、環境性能、感染症対策や顔認証に至るテクノロジー等あらゆる観点で進化を続け、要素技術をこれでもかと全部入りにする大手デベロッパーの複合開発プロジェクトにはひたすら感服する限りです。

ささやかな不動産開発の進化

一方で、この20年の世の中の進化に思いを馳せてみます。マーク・ザッカーバーグがFacebookを創業したのは2004年、六本木ヒルズ開業の翌年です。もはや当時のコミュニケーション環境を思い出すことも簡単ではありませんが、とにかくSNSはまだなかった。InstagramがiOSでサービスを開始したのが2010年、東京ミッドタウン開業の3年後です。GAFAなる用語は当然この時代には存在しませんでした。当時米系投資銀行に在籍していた筆者はスマホではなく会社から支給されたブラックベリー端末で会社のメールを見ていました(防水仕様のブラックベリーが発売されるというニュースで夏休み中のプールの中でも会社のメールが見れる!と戦々恐々としたことも・・)。

2005年にレイ・カーツワイルは著書で「圧倒的な人工知能が知識・知能の点で人間を超越し、科学技術の進歩を担い世界を変革する技術的特異点(シンギュラリティ)が2045年にも訪れる」とする説を発表しますが、当時はまだ現在のディープラーニング(Deep Learning)の起源と言われるニューラルネットワークの深層化手法が提案された時期。2010年代に入り軍事・民間用に試験的な研究開発が進んで行きますが、2015年にDeepMind社が開発したAlphaGoが人間のプロ囲碁棋士に勝利して以降、ディープラーニングの進化が進みます。2021年現在で、汎用人工知能は実現していませんが、質問応答、意思決定支援、需要予測、音声認識、機械翻訳、科学技術計算、自然言語処理(NLP)など、各分野に特化したシステムやこれらを組み合わせたフレームワークが実用化されています。

これらの人工知能やメタバースの開発をリードするグローバルなテック企業であるGAFA(Googleの親会社であるAlphabet、Apple、Facebook、Amazonの4社)の時価総額合計は2021年7月に約7兆500億ドルに達し、ついに日本の東証一部上場企業全社の合計を上回りました。

この20年の世の中のあまりにも劇的な変化とイノベーション。これを見ると不動産開発が着々と積み上げている進化もとてもささやかなものに思えてしまいます。結局のところ人間のアクティビティには限りがあるのだから、建築物単体の箱単位で見た場合「これまでにない新しさを備えた」用途というのはもう開発されない、と考えると、あとは用途複合の妙を考えるか、要素技術で中にいる人々の快適性や安全性を地道に改善していく、ということがこれからも不動産開発の進化の前提になるでしょう。一方で、都市全体で俯瞰すると人々の行動様式や時間の過ごし方は結構ドラスティックに変わり始めている、とも言えます。週5日、満員電車で通勤し9時から17時を丸の内や虎ノ門のオフィスで過ごす、という働き方にはもう戻らない人もいるかもしれない。その時に都心の再開発のあり方は大きなテーマになるでしょう。ここ10年、東京で起こっている最も面白く刺激的な「不動産的現象」は間違いなく都心周縁部の小型・築古物件のリノベーションやコンバージョンを通じた緩やかな場の創出とマイクロなコミュニティでしょう。築50年の住居兼診療所をリノベして住宅を残すとともにBLUE BOTTLE COFFEEが出店した三軒茶屋(スキーマ建築計画の長坂常さんによる素材感むき出しの素晴らしいデザイン!)、蔵前で300年続く玩具会社倉庫を手作りで回収しゲストハウス・ホステルを作り出したBackpackers Japan、目黒区青葉台、平河町、馬喰横山、渋谷公園通り、と次々にワークプレイスを広げているMIDORI.so、スペシャルティコーヒー業界を牽引してきたONIBUS COFFEEが試みるオーガニックな地域とのつながり。こうした自由で個性豊かな発想のプレーヤーが世に問う新たな場の表現。マーケティングやプロモーションのあり方、スマートロックにブロックチェーン管理を実装した新たな入退館管理のテクノロジー、等を組み合わせることで、都心周辺の居住圏に新しいコミュニティが生み出されていく静かながらもワクワク感に溢れた変化を今目の当たりにしています。

ブルーボトル三軒茶屋 スキーマ建築計画(長坂常)

ブルーボトル三軒茶屋

大手デベロッパーの手によりますます巨大化し高機能化していく都心の再開発スポットはもはやオフィス中心の業務中心というよりはエンターテイメントやホスピタリティを軸にした『ハレの場』に、一方で、都心周縁部のこうしたミクロな更新によって魅力を増し続ける建築群が職住近接を実現し個性豊かなコミュニティを作り上げていく、これからの都市はこういうイメージ分担で変化が進んでいくのではないか、という仮説を持ちつつ、しばらくこのようなマイクロデベロップメントの魅力的な事例を巡ってみたいと思います。