香港・上海にみるグローバル・アーキテクチャーの完成形【2】
国際ビジネスの自然な舞台装置としての上海
『007』シリーズや『MI: ミッション・インポッシブル』シリーズ等世界的にヒットしている映画の中で、上海は定番の舞台装置となりつつあるようです。コートダジュールの風光明媚なロケーションでアストン・マーチンをカーチェイスの末に大破させたスーパーヒーローは、次なる作戦遂行上の重要な目的地として上海を訪ねていて、浦東の超高層ビルに夜間忍び込み、隣接する超高層ビルのエグゼクティブルームで美術品を品定めする要人の暗殺を阻止したりするわけです。そこには、表も裏もあらゆるビジネスでの成功者が拠点を構えるグローバル・シティの自然な舞台設定としての上海があり、記号的・映像的舞台装置としてニューヨークやロンドンと何等見劣りしない最先端のアーキテクチャーが多彩な形態を用意して主人公を待ち構える「グローバル・アーキテクチャー」の最新見本市としての上海があります。
10年前の上海万博の会場を訪れた建築関係者は、「万博が現実の都市を模倣している」と述べたといいます。現実の都市がかつての20世紀的な未来都市のイメージに完全に追いついてしまったと。おそらく上海は今後50年といった長期的なスパンで見たユーラシア大陸の経済・金融のハブになっていくのは間違いないところだと思います。グローバル資本市場の投資資金と『一帯一路』を目指す強大な中国共産党の国家的コミットメントが殴り合い、建設エネルギーを充満させる状況は、小休止を挟みながらも当面続いていくのでしょう。日本でもバブル崩壊後に巨大な都市再開発が始まったように。
圧巻の浦東地区のスーパートール(超超高層)
1990年代以降、上海市は「浦東地区開発計画」の策定、中央政府による同計画の承認と支援によって、黄浦江東側を貿易・金融の中心地として発展させていく浦東開発が推進してきました。そのなかで、『東方マンハッタン計画』とも言われた浦東地区の陸家嘴金融貿易区で建設されていた上海中心(上海タワー)がその威容を現しています。高さ632m、128階建の中国最高層ビル。発注元の陸家嘴集団は上海市政府直属の大型国有企業、米国設計事務所のゲンスラーが国際コンペの結果設計を受託、BIM(Building Information Modeling)を駆使した流線型のデュアル・スキン構造のデザインとなっています。
その隣接地に聳え立つ森ビルの上海環球金融中心(上海ワールドフィナンシャルセンター)は、1990年代に同社森稔前社長の強力なビジョンのもと、アジア通貨危機も乗り越え、2008年に開業したもの。六本木ヒルズの超高層オフィスタワーのデザインも担当した米国最大手の建築設計事務所KPFによる建設デザイン、オフィス部分の上層部には最高級ホテルチェーンであるパークハイアットがあり、森ビルが理念とする都市ビジョンの忠実な輸出といえます。なかでも、上海環球金融中心の上層部に入居するパークハイアットから見下ろす上海市街地のパノラマは一見に値します。排気ガスとも雲とも見分けがつかぬ夜に漂う白いガス越しに、毒々しい原色のネオンサインと巨大なフォント、時間の概念を超越したようなポストモダンの奔放なコピペデザインが渦を巻いている様は、グローバル資本主義の爛熟した熱帯雨林を見ているかのような幻惑をもたらします。そして、熱帯雨林の足元では、都市の若者達のぎらついたライフスタイルが繰り広げられ、日本の下心旺盛な40代オジサマ御用達雑誌すら枯れて見える程の熱気と喧騒に噎せ返ってしまいます。
SF的スケールで進行する物流インフラと商業モールの建設
こうした復権を遂げつつある東方のメガシティ上海の強欲な消費を支えるインフラが実はとてつもないことになっています。圧巻は洋山深水港建設です。
洋山深水港は上海浦東新区の東南30km沖合の杭州湾上の洋山に建設された新しいコンテナターミナルです。20年間の総工費120億米ドル(約1兆4千億円)、2012年の第4期完成時点でのバース数30、年間1500万TEU以上のコンテナ取扱量は日本の五大港湾合計のコンテナ取扱量を遥かに凌駕する度肝を抜くプロジェクトです。こうしたもはやSF的ともいえるスケールでの物流始点があり、そこに大動脈としての交通運輸インフラと物流倉庫施設(最近の資本市場では、単なる倉庫ではなく先進的物流施設、というコンセプトが人気です)の大規模な建設がすすめられ、一体として巨大な物流システムを構成しています。
2017年には世界最大手の物流施設不動産会社Global Logistics Properties(GLP)が中国大手不動産万科企業(Vanke)等の5社連合によって約160億シンガポールドル(約1兆3,000億円)で買収されました。GLPは日本国内でもプロロジスと並ぶ物流最大手としてメガプロジェクトを推進していますが、純資産(Net Asset Value)の約60%が中国国内に立地しています。
Eコマースの果てしない拡大
中国の小売チェーンやネット通販の成長はまさに凄まじく、e-commerceの発展による物流機能の高度化ニーズ(小口多頻度、即日配送、定時配達等)が顕在化する一方、高品質な物流施設そのものが未整備で不足していることから、国内の三井物産等も含めた世界のプレーヤーが殺到する市場となっています。日本においても、2013年以降、物流施設を対象とするJ-REIT銘柄の新規上場が相次ぎ、「日本の物流セクターの再編・近代化」という構造改革ストーリーが海外投資家に広く受け入れられ活況を呈しましたが、その数倍のスケールで中国の物流事業インフラの近代化が進められているのです。
こうしたメガトレンドに呼応して、IT業界等関連するセクターで物流関連への大規模な投資が進められます。中国の電子商取引会社アリババ・グループは2020年までに物流・サポートの両事業に160億ドルを投資して小売業界に大変革を起こすとしています。これに伴って巨大な内陸部の市場が開かれ、数億人が新たな顧客になるとのこと。ウォール街のアナリストは今後5年以内に中国の全小売販売に占めるネットの比率が2012年の6%程度から20%に高まると予想しているようです。
中国本土の大規模ショッピングモール
こうしたE-commerce勢の攻勢に対して、既存の大規模商業モール事業者も反転攻勢をかけています。大規模ショッピングモールは筆者が「グローバル・アーキテクチャー」の構成要素の三つ目として掲げたものです。巨大な港湾インフラを起点とし動脈系インフラを経由して移動してきた物資は、大規模物流施設に貯蔵され、e-Commerceで消費者の手元に直接届けられるか、あるいは、大規模メガ商業モールを介して中国の膨大な消費者に届けられる、大きくこれらの二つのチャンネルがあるといえるでしょう。後者のルートでは、単に日常物資や嗜好品を販売する場としてのショッピングセンターの機能を大きく超えて、中国の台頭する中間層にとっての時間消費の場としての機能が肥大化している、という印象です。
中国における大規模ショッピングモールの保有者・運営者としては、2014年に上場した大連萬達(Dalian Wanda)はとりわけユニークな存在です。大連萬達は中国全土にショッピングセンターを90か所以上保有しており、また、米国の映画配給会社や英国のヨット会社を買収する等今後商業施設とエンターテイメント関連施設を融合させた、不動産・エンターテイメント事業コングロマリットを志向していて、日本で強いていうと、イオンモール、TOHOシネマズ、アパホテルグループが融合したようなユニークな事業ポートフォリオでした。創業者兼董事長の王健林氏は軍人出身ですが、市場経済化の波が押し寄せた1980年代前半に大連市政府に転職、市政府系の不動産企業を譲り受けたことが大連萬達の母体となります。王氏は2015年のBloombergによる世界の富豪ランキングでアジア1位、約3兆8千億円の資産を持つといわれています。2017年頃には中国国内のホテル77棟とテーマパークを売却し中国から巧みに足抜けしたと言われています。
ちなみに2018年のForbesの中国富豪ランキングでは、1位がアリババのジャック・マー、3位が不動産大手の恒大集団の許家印、4位が大連万達の王健林、となっていてまさに不動産×e-Commerceの大構造変化の最中にある中国といえます。
大連萬達は拡大させている映画コンテンツの自社ショッピングモール・シネコンへの導入とともに、テンセントやバイドゥといった中国大手のネット事業者と組み、電子商取引プラットフォームの開発に着手、オンラインで築いた影響力をオフラインの世界にまで拡げようとするアリババの動きに対抗したものとみられています。米国では、郊外の大規模ショッピングセンターをデータセンターに転用する動きが進んでいるといわれており、オンラインショッピングの普及に伴いショッピングセンターのテナント確保が構造的に厳しくなってきているのだと言われていますが、中国では、大規模な駐車場を備えショッピングから映画まであらゆる娯楽を提供する巨大モールの客足は依然強いようであり、台頭する中間層の分厚いニーズに支えられ、しばらくは堅調な事業パフォーマンスが期待されているようです。