pic18.JPG

News&Blog

日本独自の『総合不動産会社』 - イノベーションの源泉【1】

 

世界でも珍しいオールマイティモデル:日本の大手不動産会社

このシリーズでは、不動産業界、という切り口を通じて株式市場から見た事業戦略の評価、株価バリュエーションの考え方、一口に言っても多様な業態が共存する不動産業界の経営戦略の特徴、日本独特の組織形態である総合不動産デベロッパーという業態、といったテーマを広範に取り扱っていきます。同時に、日本の独特の都市計画規制を巡るデバロッパー、市場、建築家による三つ巴のバトル、界隈性に満ちたパッチワークのような日本の街並み、谷崎潤一郎以来の陰影の感性を持つ建築家群像、などなどこれからの建築・都市づくりについての個人的な見解を織り交ぜて脇道にそれまくりながら、私の日々のビジネスからはこぼれ落ちてしまうネタの再起戦を試みたいと思います。

一般に「不動産会社」というとどういう業態が頭に浮かぶでしょうか。まずは駅前にある学生や若い社会人が一人暮らしをするときに家を探すための町の不動産屋でしょう。ついで、金が出来た大人がマンションや戸建てを買う際に訪れる不動産屋さん。前者は不動産賃貸仲介、後者は不動産販売業または売買仲介業だ。業者の数、という点ではこの二者はおそらく日本の不動産業の中で圧倒的な比率を占めています。参入障壁が低く、不動産という一物一価の商品を扱う上で地元密着性や人脈というのはとても大きな勝因になるので、とにかく不動産業というのは極めて零細分化した産業だということができます(建設業も同じだと思う)。うまくいっている業者さんは事実とても儲かっています。私も仕事柄何度も不動産の売買仲介の業者さんにはお世話になり、うまく案件が出来た時はご馳走になったりもしました。彼らは大阪ミナミの老舗のすき焼き屋で豪快に奢ってくれたり、今時二次会も欠かさずとても羽振りが良かった。投資銀行のエリートが日夜ヘトヘトになりながら働き年に一度のボーナスで報われる、というマゾヒスティックな生態を余儀なくされる中、彼らはいとも簡単に大金を手数料で得ていくように見えます。情報の非対称性がこの業界にはとても大きいのです。

一方で、大阪梅田駅周辺の大規模再開発や六本木ヒルズ、東京ミッドタウンシリーズ、といった巨大プロジェクトを手がける大資本があります。いわゆる財閥系不動産会社(三井、三菱、住友)を筆頭にしたデベロッパーと呼ばれる人たちです。GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)や大手商社には敵わないかもしれないが今でも就職人気もとても高いはずです。

こうした大手デバロッパーは実は世界でも稀に見るほどオールマイティな組織であるということはあまり知られていないように思います。例えば三井不動産や三菱地所。国内の不動産業界の頂点にたつ二社ですが、彼らは大手町丸の内の再開発や東京ミッドタウン〇〇シリーズに代表されるように超高層オフィスタワーを建設するとともに、パークマンション、パークハウス等のブランド名でマンション分譲を行い、商業施設(ららぽーとやプレミアムアウトレット)を運営し、ホテル、物流施設、データセンター、とおよそ都市にある物理的空間の全てを建設し管理運営しているかのような万能の建築主なのです。また、関連事業として金融業者のライセンスを取得しJREIT等ファンド運用を行い、もちろん前述の賃貸仲介や売買仲介も町の不動産屋をその規模で蹴ちらすくらいのスケールで展開しています。近年では空港の民営化、富裕層向け資産活用サービス、ベンチャー企業投資、駐車場、とその事業範囲の拡大はとどまることを知らない状況。

ちなみに2019年6月18日時点の株価に基づく時価総額が三井不動産が約2兆6,500億円、三菱地所が約2兆9,500億円で、それぞれ日本国内で第47位、第43位、時価総額では三井物産や富士フィルム、京セラあたりと並ぶ、正真正銘の大企業であります。

専門特化した海外の不動産会社

それでは、海外の不動産会社はどのような事業形態と規模なのでしょうか。一般的には世界ダントツの先進国でありながら人口増加が続き経済のイノベーションによって成長が続く米国や巨大な力を顕示してきた中国のマッチョな超高層ビル群のイメージから、さぞかしあちらの不動産会社はバカでかいのだろう、というイメージを持たれているかもしれません。ソニーやNTTDocomoとアリババ、グーグル、アップルくらいの彼我の差があるのではないか、と。

世界の不動産会社はみな「町の不動産屋」

実のところ、意外にも米国の不動産会社はそんなに大きくありません。いや、正確に言うと時価総額で三井不動産や三菱地所をしのぐ会社はもちろんあります。が、その上位を見るとAmerican Tower(61.8Bn米ドル)、Simon Property(51.7Bn米ドル)、Crown Castle International(42.5Bn米ドル)、Public Storage(38.0Bn米ドル)とおそらく本WEBの読者の方でもあまる馴染みがないだろう名前が連なります。それぞれ携帯基地局や通信インフラ施設保有の最大手(American Tower、Crown Castle)、ショッピングモールの最大手(Simon)、トランクルーム最大手(Public Storage)です。これらはいずれもREITと呼ばれる税務上の優遇措置を受けた上場企業で、ご覧の通り実に専門分化しているのです。

では、ニューヨークの摩天楼を建設するようなコテコテの不動産会社のデータはどうでしょうか?2001年の世界同時多発テロを受けて崩壊したWorld Trade Centerの再開発が完成に近づいています。紆余曲折を得て最終決定が待たれるタワーIIIを除くとほぼ完成形が見えている再開発ですが、当初ダニエル・リベスキンドのデザインによる詩的なマスタープランは跡形もなく消え失せ、20年ほど時計の針を逆に戻したようなマッチョな近代超高層ビルの優等生が立ち上がってきています。これらの再開発を主導するデベロッパーがSilverstein Propertiesです。

また、ミッドタウン西側のハドソンヤードと呼ばれる鉄道用地跡地では全米史上最大規模といわれる都市再開発が進行中です。ここの開発はRelated Coと呼ばれる、これも地元屈指のデベロッパー。

実はSilverstein PropertiesもRelatedもいずれも非上場、かつほぼニューヨークを主戦場にビジネスを展開するオーナー経営の会社で、言ってみれば巨大な町の不動産屋なのです。

総合投資会社的な香港

「マッチョ超高層ビル」のもう一方の総本山ともいえる中国はどうでしょうか?開示資料が比較的充実している香港の上場不動産会社を見ていきます。

最近は中国中央の実質的な支配の高まりに対して揺れる香港ですが、これまで中国経済に多大な貢献をしてきた香港は、依然として“不動産本位制市場経済”の盤石な基盤を維持しています。その暴力的なまでの支配の構図は、日本の零細土地所有がもたらす様々な問題物件の地上げや再開発のきな臭いゴシップの数々がいじましく感じられる程の凄まじさです。

香港の土地は基本的に公有であり、政府が土地の使用権を競売に付します。形式的には誰にでも入札の機会はあるものの、落札するには莫大な資金を用意しなければならず、事実上、応札可能なデベロッパーは李嘉誠(香港ナンバーワンの富豪)率いる長江実業集団(Cheung Kong)と和記黄埔集団(Hutchison Whampoa)、郭兄弟の新基鴻地産集団(Sun Hung Kai Properties)、李兆基の恒基兆業地産集団(Henderson Land)、新世界発展集団(New World Development)等、総計で20グループ程の財閥に限られてしまうといわれています。彼ら一握りのファミリーが政府払い下げの「地産」を押さえ、それを元手に香港の覇権を握るという「地産覇権」。彼らは不動産開発で手にした莫大な資金を、金融、通信、流通、港湾、観光、メディア、ハイテクなど、儲かると踏んだビジネスに惜しげもなく注ぎ込みます。彼らは特定の事業セグメントをコアビジネスとして中長期的観点から成長させていく、という視点よりも、比較的短期でビジネス自体を安く買い高く売る、というメンタリティが強いように見受けられます。こうした一種投資ファンド的な投資行動によって、富が富を生み、富は権力を引き寄せる。一握りの特権階級である財閥グループと北京の共産党権力との政財複合体が生み出す怒濤のような資金力が、グローバル資本市場のマネーをさらに惹きつけ、巨大化してきました。

(続く)