ニューヨーク最新不動産開発
最大規模の再開発が進むニューヨーク
「グローバル・アーキテクチャー」の世界制覇は当然ながら新興国に限ったことではなく、先進国でも進行しています。国際金融センターの先頭をひた走るニューヨークでは、目下その歴史でも最大規模の都市再開発ブームが起きています。
筆者も何度となくその建設現場を訪れた911の跡地再開発となるワールドトレードセンター再開発では、2014年11月にそのシンボル的存在となる1ワールドトレードセンターが竣工しました。SOMやリチャード・ロジャース、日本の槇文彦等世界的建築家を招聘して絢爛豪華な、ただどことなく前世紀的な香りが漂う、「古き良き時代の」アメリカ的超高層ビルの再開発が目指されていますが、最近ではオランダの気鋭の建築事務所であるBIGがデザインするNews Corp/21 Century Foxグループ本社となる2ワールドトレードセンターが、二転三転するその建設計画も含めて話題を呼んでいます。
2003年に実施されたワールドトレードセンター再建プランコンペ案(Daniel Liebeskind案)から最新案に至る変遷
グローバル・アーキテクチャーの完成形 - ハドソンヤード(Hudson Yards)
マンハッタン西側の旧鉄道跡地であるハドソンヤードでも総事業費150億ドルと言われる米国史上最大級の再開発プロジェクトが進行中です。日本でいう汐留や梅田のバージョンアップのようなものです。三井不動産が参画を発表する等国内でも注目を集めましたが、「グローバル・アーキテクチャー」量産集団として常連ブランドのKPFが設計を担っており、こちらも眩い絢爛豪華です。オフィスのテナントはCOACH、投資ファンドのKKR、ウェルスファーゴ等の金融機関、商業施設の核テナントにニーマン・マーカス、延床面積の過半が高級レジデンスに充当される計画となっています。こちらは最新の建築テクノロジーの実験場ともいえる計画になっており、今後も新たなビルが建設されるようですので、しばらく話題の的にはなりそうです(中には建築デザインを巡って厳しめの論評もあります)。
“Architectural Fiasco”: ハドソンヤード開発の建築デザインに関する辛辣な記事
https://www.theguardian.com/artanddesign/2019/apr/09/hudson-yards-new-york-25bn-architectural-fiasco
プライベート化していく超都心 - ワンルームマンションビジネスの最終形
ニューヨークで目立つのは、こうした伝統的な『幕の内弁当』的複合再開発だけではなく、ミッドタウン等の超一等地で超富裕層向け超高層コンドミニアムの建設が盛んに行われていることです。2015年完成の432パークアベニューは89階建、426mの高さを誇り、集合住宅として米国で最も高い建物となりました。最上階ペントハウスの分譲価格は何と9,500万ドル。歴史的建造物を取り壊して建設されることも多いこうした富裕層向けコンドミニアムには批判も多いようです。購入層の多くが海外の不動産投資家達であり、彼らはこうした物件を購入しても実際に滞在する期間は年に数週間だけとも言われています。建築家の槇文彦は、「建築の社会性」と題された建築雑誌でのエッセイにおいて、建築空間・公共空間の私物化として手厳しく断じました。20世紀のアイコンであるエンパイアステートビルが最上階・屋上を展望台として一般に開放しているのに対し、これらの超ハイエンド・レジデンシャル・タワーは当然ながら購入者のための排他的プライベート空間です。マンハッタンの眺望、という一種の公共財が一握りの超富裕層の手に私的に独占される、という批判であり、その賛否はともかく、所得格差が広がり続ける現在の「グローバル・アーキテクチャー」の都心における花形は、もはや光り輝く超高層のインテリジェント・オフィスタワーではなく、よりプライベートな閉じられた空間としてのレジデンシャルやラグジュアリーコンド、ホテルといったプログラムに取って変わられるのかもしれません。これは「建築における公共性の終焉」といってよいかと思います。
不動産ビジネスとして見た場合、これらのマンハッタン都心の超ハイエンド・レジデンシャル・タワーの開発・販売は、実のところ至ってプリミティブなビジネスモデルです。コンシェルジェ・サービスやフィットネスジム等の付帯施設はつくといっても、プログラムはコンドミニアム単一のシンプルなもの(一部ホテル併設のものは多いですが)。マンハッタンのグリッド構造が所与となるため、開発業者が取得した敷地に整形に超高層タワーを建てるしかないという計画上の制約はありますが、基本的に居住者に提供されるアメニティは敷地外部の既存のストックに頼らざるを得ない面があります。これらの分譲コンドミニアムのWEB広告を見ていると必ずneighborhoodという表現が使われていますが、neighborhood=近隣の都市的ストックがいかに恵まれた敷地を取得できるかどうかで、ほぼ開発業者にとってのビジネス面の成否は決定されるわけです。あとは、著名建築家に内装デザインと青天井の予算を使った建築素材選びが任され、米国では産業界の地位もかなり高い不動産ブローカーのお墨付きを得て1日でも早く販売できるようマーケティングされていきます。開発業者の仕事は、いかに早い日程でブローカーと顧客にモデルルームをお披露目できるか、を賭けて施工業者を詰める、ここの交渉力で評価されるといえます。
こうしてみると、ニューヨーク・マンハッタンで繰り広げられている世界最強のハイエンド向け超高層レジデンシャル・タワーの開発ビジネスも、本質的には日本国内の投資用ワンルームマンション業者のそれと大きく変わることはない企画力不問のコネクション・ビジネスであって、ここに「グローバル・アーキテクチャー」の極北があります。いずれ、上海や香港の超一等地の不動産開発はこうした超富裕層向けレジデンシャル・タワーが主体になっていくことが容易に想像されるのです。個人的には日本の都市ではそうならない気がしますし、そうならないことが日本の都市再生の一つの魅力、独自性ととらえていきたいところです。
Jean Nouvelをデザインアーキテクトに迎えて竣工間近の53W53ABOVE MOMA(ラグジュアリーコンドミニアム)
“Architecture exists, like cinema, in the dimension of time and movement”というJean Nouvel自身の言葉が大々的にコンドのマーケティングにも活用されています