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アーバンプロデューサーの先駆けだった日本の鉄道事業者【1】

 

日本独自の駅ビル建築

日本の都市における建築プロトタイプとして間違いなく世界でも独自の存在が駅・公共交通と一体となった駅ビル開発や周辺の複合開発だと思います。日本は、戦前から阪急電鉄や東急電鉄といった私鉄による沿線開発とターミナル駅としての都心部の不動産開発が一体となって都市住民のライフスタイルをプロデュースしてきた、というユニークな歴史があります。東急沿線、小田急沿線、東武沿線、JR中央線といったように首都圏でも沿線のエリアと住民層に関する緩やかなイメージとアイデンティティが形成され、それぞれが独自のカルチャーを養成する基盤となってきました。関西でも同様阪急沿線と南海沿線はそのキャラクターやイメージするところで大きく異なっており、それらがターミナル駅を介して都心部に様々なビジネス活動と文化的エッセンスを吸い上げる装置として機能してきたのです。

アーバンプロデューサーとしての民鉄

1960年代以降の多極分散型国土計画と副都心計画の産物ともいえる渋谷、新宿、池袋等の副都心エリアがこうしたターミナルとして駅公共交通一体型都市の先頭を走りました。大阪では、大阪駅・梅田や難波がこれに当たります。日本に田園都市のコンセプトを持ち込みリッチな中上流階級の沿線ライフスタイルを具現化しようとした東急電鉄、PARCO等を通じて文化的メッセンジャーの役割を自負した西武グループ、関西の経済・文化の盟主といえる阪急グループ、等強烈な個性を有する民間鉄道事業者が、それぞれの拠点の再開発を通じてターミナル駅周辺のまちづくりをプロデュースした、いわば「アーバン・ルネッサンス」前史です。これらのエリアが、現在の都市再生の流れの中で再再開発の対象となり、再度檜舞台に立とうとしています。また、日本で最も成功した民営化といわれる旧国鉄・JRは今や壮大なリニア計画を抱え、アーバン・プロデューサーを超えた国土計画のプロデューサー的な存在にまで変貌しています。都市間をつなぐメガインフラストラクチャーの運営者としての顔を持ちながらそれらの結節点を大規模に開発していく、という文脈の中で都心部の主要駅の開発プロジェクトが位置付けられるでしょう。彼らは、ビジネス・観光から日常のライフスタイル、エンターテイメントに至る全ての欲望を駅空間で実現させる都市住民のトータル・サービス・プロバイダーとなっており、駅公共交通一体型都市はその重要な舞台装置なわけです。

陽は西から上るのごとく、世界でも異形の建築プロトタイプとなったステーションシティの実像について、西から現地視察してみることにしましょう。 

 大阪梅田 - ジャパンクールとアジア的混沌のテーマパーク

日本を代表する駅ビル建築の西の横綱は、JR西日本が開発した「大阪ステーションシティ」です。

2011年5月に開業した「大阪ステーションシティ」は、従来から営業されてきた「アクティ大阪」を改装したサウスゲートシティ、駅北側に新設されたノースゲートシティを中心に構成され、西日本最大のターミナルであるJR大阪駅構内を巨大なガラスの大屋根が覆うとともに、様々な建築プログラムが立体的に連結される圧巻のコンプレックスとなっており、その総床面積は約53万㎡に及びます。

大阪ステーションシティ全景 出所:Osaka at Night Blog https://blog.osakanight.com/article/eid178.html

大阪ステーションシティ全景
出所:Osaka at Night Blog
https://blog.osakanight.com/article/eid178.html

事業主体のJR西日本には1997年に完成した京都駅ビルという成功体験がありました。日本の鉄道駅舎としては異例の国際指名コンペ方式で建築家が選定され、高さ論争、景観論争を巻き起こしただけではなく、巨大な大屋根の下に収められたコンコースを中心とした建築計画が商業施設運営の観点から収益性に疑問符が付けられたものの、蓋を開けてみると、商業施設の想定以上の売上高実現のみならずJR京都駅の訪問客増加という結果につながったのです。今でもJR京都駅に降り立つと、原広司氏によるストーリー性に満ちた建築的仕掛けの知的冒険は、表層的な歴史的・伝統的建築物への迎合という陳腐なソリューションを乗り越え、古都に魅力溢れる駅空間を現出せしめているのを実感します(政治的言説に巻き込まれ外苑周辺の環境との不調和と非難され、アンビルトとなってしまったザハ・ハディドの新国立競技場もこのような独自の価値を発信できていたのかもしれません)。

JR京都駅ビルの成功に弾みがついたJR西日本は、所管最大の駅ビルとなる大阪駅についても大胆な建築計画を進めました。大阪ステーションシティは、JR大阪三越伊勢丹、大丸、ルクアという核商業施設を中心に、各種中規模商業施設や専門店を誘致するとともに、松竹、TOHOシネマズ、東映グループという大手三社が共同運営する西日本最大級のシネコン、ホテル、駅ナカ保育所やスポーツクラブに至る複合機能がオフィスビルやJR西日本の駅、バスターミナル等の交通結節点機能と融合されています。これらの各機能は複数の広場や人工地盤等、標準化されていてデザイン面の新味はないものの手堅い建築ツールによって立体的に連結されていて、おそらくこれだけの規模と交通手段の選択肢を備えた業務・商業集積は海外のどこにも存在しないのではないかと思わせます。まさに都市の中の複合都市といった様相です。

世界最大級の一体型都市 - 大阪梅田

大阪駅周辺の本領は、この「大阪ステーションシティ」が巨大な地下街と歩行者ネットワークによって周辺の大規模開発とコネクトされていく様にあるといって良いでしょう。国内最後の一等地と言われた大阪北ヤードの再開発である「グランフロント大阪」は後に述べる「超機能複合開発」の模範生ともいえるプロジェクトですが、「大阪ステーションシティ」とデッキで直結されています。また、日本最大といわれる地下街ネットワークを介して、梅田阪急ビル再開発、阪急梅田駅周辺の茶屋町再開発、西梅田鉄道用地跡地の「大阪ガーデンシティ」等と有機的・面的に一体化し、国内最大規模の交通・商業ハブを形成しています。「大阪ステーションシティ」から「グランフロント大阪」に至る立体都市の情景、難波駅や天王寺にも存在する大きな吹き抜けの空間、JR京都駅の壮麗、等、関西人は思いのほか建築的大空間好きなのかもしれません。

ちなみに、梅田阪急ビルとして建替が行われた「阪急百貨店」は、1920年に阪急電鉄が神戸線、伊丹支線の開通に合わせてその乗客を増やすために東京の老舗百貨店である「白木屋」の出張売店として創業した世界初のターミナルデパートともいわれています。阪急電鉄は、梅田を始点に伸びる沿線の住宅開発だけではなく、宝塚歌劇団や野球場の建設等、文化・エンターテイメントの要素も導入することで沿線付加価値の向上を図った先駆的ビジョンも有していたのですが、この沿線付加価値ストーリーは、今でも大手民鉄各社の経営戦略の根幹を占める発想であり、一部はJ-REIT(不動産投資信託)のエクイティ・ストーリー(株式を投資家に購入したもらうためのセールスポイント)としても全面的に掲げられています。

「大阪ステーションシティ」を核に、「グランフロント大阪」、梅田阪急ビル、阪急茶屋町や西梅田等広大な地下街で有機的一体となって形成されている商業集積での時間体験は、海外の「グローバル・アーキテクチャー」でもなかなか得られない多様性に満ちたものになっています。商業店舗には、世界基準とも言えるトップクラスのラグジュアリー・ブランドだけではなく、国内のさまざまなセレクトショップや専門店が集中しており、およそ1日では回りきれるものではなくなっています。梅田地域の大型書店の売り場面積合計は約2万㎡に達し、蔵書数は600万を超えています。飲食については、筆者は個人的に梅田周辺の集積が日本一だと感じています。大規模開発プロジェクトに必ずグルメ本で特集されるようなユニークなレストランエリアが新設されるわけですが、同時に、新規に建設されたこれらのメガストラクチャーの隙間の至る所にアジア的ともいえる地場の商店集積が残っておりリーズナブルに旨いものが食える、これらの混沌としたミックスが食の体験に一層の濃密さを与える結果となっています。食のハシゴを通じて浮かび上がる、大規模プロジェクトと既存ストックの芳醇なシナジー効果、これがなかなか海外の都市で発見しがたい独自の価値となっています。

大阪梅田貨物ヤードの大規模再開発第1期となったグランフロント大阪 出所:OSAKAビル景 https://bb-building.net/

大阪梅田貨物ヤードの大規模再開発第1期となったグランフロント大阪
出所:OSAKAビル景
https://bb-building.net/

関西エリアは元来観光資源に大変恵まれていますが、京都、奈良、神戸といった既にゴールデンルートとして確立されている観光地へのアクセスの要所となる梅田で、日本における日常生活の延長にある時間消費体験が可能となっており、マーケティング次第でさらなる観光資源として評価されるポテンシャルを有していて、日本の都市部の生活そのものが集客資源に、という一つの戦略的方向性を示唆するものといえます。